ヒポクラテスの誓いと医療経済

コラム

仰々しいタイトルをつけましたが、「ヒポクラテスの誓い」という医療関係者のあいだでは有名な宣誓文に対する、いち外科医の雑感です。あくまでひとつの見方として、私の考えを書いてみたいと思います。

コタロウ
コタロウ

たまには、思ったことを呟いてみてもいいよね?

「ヒポクラテスの誓い」とは

「ヒポクラテスの誓い」を知らない医療従事者はいないでしょう。紀元前4世紀の偉人、「医学の父」といわれるヒポクラテスの言葉です。医師や看護師の倫理感、心構えについて、ギリシャ神たちに宣誓する形で書かれたものです(ウィキペディア、ヒポクラテスの誓い)。

安楽死や堕胎を認めないなど、時代に見合わないところもありますが、守秘義務のことや、患者さんの裕福さに関わらず医術を施すことなど、現代の医療者にとっても大切なことが書かれています。そのため、医療倫理の金字塔のように扱われており、医学部でも暗唱させられるくらい強調されることでした。

しかし、最近の日本の医療経済を考えると、この誓いを守ることが難しくなってきたと感じています。

医療費の拡大と混合診療

世界のなかでも、日本は、貧乏な人もお金持ちも同じ医療を受けられる珍しい国です。たとえホームレスの方が東大病院を受診しても、制度としては治療拒否できません。総理大臣と同じ治療や手術を受けることが可能です。さすがに差額ベッド代が払えなければVIP室に入院はできませんが、受ける医療自体は同じになります。

一方、米国など多くの先進国では、払える金額に応じて受診できる病院、治療方法が変わります。救急車で救命救急センターに運ばれて、まずクレジットカードが有効かどうかチェックしないといけないコマーシャルを見たことがありますが、誇張はあるものの事実です。しかも、(医師である私が言うのもなんですが)日本の医療は間違いなく世界一レベルです。

生まれたときから当然のように存在している制度なので気が付きませんが、これは特別なことで恵まれています。ホームレスなど生活保護レベルの極端な話でなくても、高額療養費制度も含めて考えると、日本の医療保険は、患者さん側にとって金銭的に極めて優しい制度なのです。今後も、日本の健康保険制度が維持されることを心の底から願っています。

しかし、今後その状況はきびしいと言わざるを得ません。もともと日本の医療は、「やりがい搾取(医療従事者の使命感、やり甲斐を逆手に取って、長時間労働を低賃金で強いる国の政策)」とも揶揄されるほどの現場の頑張りと、国の借金で、ギリギリのラインで成り立っていました。それが、2020年からの新型コロナウイルス感染症で一気に崩れつつあります。

その結果、近い将来に混合診療が解禁されることになると思っています。

混合診療とは、医療費の一部を自費診療にして、公的保険と混合で診療を行なうことです。日本では、原則として、混合診療は禁止されており、完全自費診療か完全保険診療か、どちらかひとつだけです。混合診療を認めてしまうと、より自由で選択肢が増えて、良さそうに感じるかもしれません。しかし、混合診療になると、治療は「混合診療枠」と「皆保険枠」の2つに分かれるでしょう。そして、混合診療枠に入った治療は決して皆保険枠に入ることはないでしょう(国は医療費を抑えたがっているのですから)。そうなると、普通の治療を受けるために、国民全員が民間保険会社に加入しておくことが必要になってきますし、その保険に入るには、相当額が必要となることが予想されます。加入してない人が病院で治療を受けることが困難になるでしょう。

米国などでは、以前から混合診療になっており、受けられる治療に大きな差があるのは前述のとおりです。日本でも混合診療の導入は避けられず、時間の問題と思っていますが、ある意味「終わりの始まり」と考えています。

教育もよく似た状況

ふと思うのは、教育現場も同じような状況だということです。最低限のレベルはセーフティネットとして確保されていますが、それ以上(ある意味ふつう)の教育を求めるとお金が必要な時代です。

中学までのいわゆる義務教育は万人に開かれた道ですし、公立高校まで進むことは費用面では大きな問題はないでしょう。しかし、公立学校では充分な教育が期待できないことは、現代の日本ではほぼ常識と言っていいでしょう(反論はあるでしょうが)。私は小中高校とも地元の公立学校でしたし、大学も国立でしたが、子供たちは中学以降すべて私立にしました。医師の給料でなんとかやってきましたが、私を育ててくれた両親なら、経済的理由で進学を諦めていた可能性が高いです。

教育も医療も、市場原理とは相容れない性格のものと思います。どちらも利益優先では成り立たず、いずれ社会に還元されることを期待するべきもので、いわば社会のインフラのひとつです。

長期的に考えれば、日本の発展を下支えしてきたわけですから、どちらも制度維持を願うばかりです。しかし、冷徹な眼で見れば、教育も医療も市場原理の波に飲まれていっているように感じるのは私だけではないと思います。

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